Newsletter #18-1 フィールドエッセイ

2017年12月8日

フィールドエッセイ:ドングリを拾い続けてわかる長期観測の重要性

(News letter 18号掲載予定)

森林圏ステーション 北管理部 植村 滋

 果実や種子の数が、個体間で同調しながら年次変動する現象を豊凶変動といい、狩猟採集の時代から人々の暮らしと密接に関わる生物現象として、大きな関心が払われてきました。豊凶変動は個体群の更新動態だけでなく、それらを摂食する哺乳類や鳥類、昆虫などさまざまな生物の個体群動態にも大きな影響を及ぼします。そのため、変動のパタンや豊凶を引き起こすメカニズムを解き明かすことは、生物生産の現場はもとより、複雑な生態系の相互関係の理解にとっても重要な課題のひとつです。
 北方生物圏フィールド科学センターの各研究林では、北海道の代表的な落葉広葉樹で、木材資源としても重要なミズナラの種子、つまりドングリの成り具合を長期にわたって観測しています。最も早くから観測が行われている雨龍研究林では、1981年に流域の異なる3つのサイトで林冠を構成するミズナラの成熟個体を選定し、観測を開始しました。その後の台風などによる風倒や大きな枝に損傷を受けた個体を除く47個体でモニタリングが続けられ、2017年現在で36年間のデータが蓄積しています。

 モニタリングでは、毎年8月に樹冠下のササや下草を刈り払ったあと、9月初旬から10月上旬まで都合3回、樹冠下に落下したすべてのドングリを拾い集めます。拾い漏れがないように、落ち葉の下も丁寧に探します。集めたドングリは母樹ごとに袋に入れて庁舎に持ち帰り、全体の重さを測った後、ひたすら数えます。最後に、虫食いやシイナ(中身が充実していない種子)を除き、母樹ごとに50個の健全なドングリをランダムに抽出して、1個ずつ重量を記録し、平均値と分散を求めます。数え終わったドングリは山に撒いて、次世代の森の育成に役立てます。
 秋の森でのドングリ拾いと言えば、のどかで楽しい牧歌的な光景を思い浮かべる人も多いと思いますが、観測個体が多いことに加えて、庁舎内での計測作業は単純かつ単調ながら、集中力と忍耐力が求められるきつい作業です。特に生産数がそれまでの平均の6倍以上にもなった2010年は、まさにマスティングと呼ぶに相応しい圧巻の大豊作で、手分けして数えたドングリの総数は実に38万個。しばらくは誰もがドングリの顔を見るもの嫌になったほどでした。

 これまでの観測結果から、個体間やサイト間で変動の傾向が同調し、受粉期や登熟期の気温や降水量など地域的な気象環境が影響していることが明らかになりました。また、豊作の翌年は不作あるいは凶作になる確率が高く、豊作によって翌年の繁殖に利用される貯蔵資源量が低下するなどの個体の内的要因も豊凶に関与していることが明らかになりました。長期間の変動傾向の中で特に注目されるのは、観測期間の前期は1987年の豊作年を除いて、生産数が少なく変動幅も小さかった変動パタンが1993年を境に大きく変化し、例外はあるものの周期的な変動パタンが見られるようになったことです。考えられる要因のひとつとして、近年の地球温暖化による夏の気温の上昇で光合成活性が高まり、繁殖資源量の回復に要する期間が短縮した可能性を指摘する人もいます。
 豊凶変動と他の生物との関係では、森に棲息するアカネズミの個体数が、かなりの確率で前年のドングリ生産数と同調して変動していることが明らかになりました。これは越冬中の餌の多くをドングリに依存しているアカネズミにとって、秋の間に蓄えたドングリの量が越冬中の生存率や翌年の繁殖成功率と密接に関わっているためと考えられています。一方、特別な種子散布器官を持たないミズナラにとっても、生育適地への散布の成功率がネズミの密度依存的な捕食や貯食行動に左右されることから、ネズミの個体群密度とともに豊凶変動の同調性が生じたという適応進化的な仮説の検証についても手がかりを得られることが期待されます。

 これまでの観測によって、森林生態系の動的な維持機構の一端が少しずつ解明されてきましたが、何しろ1年かけてようやくデータがひとつ積み重なるだけの地道なモニタリング調査です。そのため、これだけ長期にわたって個体ごとの種子生産量を大規模に観測している研究は世界でも例がありません。短期間では決して成果を得ることができない息の長い研究ですが、各研究林では森林のダイナミクスや生物間の相互作用に関するさらに興味深い謎を解き明かすために、ドングリを拾い続けています。
                                

 

写真1:秋の森でドングリ拾い。豊作年は職員総出で拾います。

写真2:作業所内での計数は、集中力と持続力が求められるきつい作業。