天塩研究林 小林 真
皆さんも、木材でできた製品をお持ちだと思います。もしかしたら、読者の中には樹種や国産の木材にこだわって自宅を建てたという、羨ましい方もいらっしゃるかもしれません。では皆さんは、なぜ他の材料ではなく、木材でできた物を選ばれたのでしょうか。木材は加工性に優れた材料です。しかし、しばしば1ユーザーである私たちは、加工のしやすさよりも、単純に「見た目がきれいだから」という理由で木製品を選ぶことがほとんどだと思います。では、その“見た目”は、どのような要因で決まっているのでしょうか?私たちの研究グループは、木材の“見た目”を大きく左右する“色”の謎に迫るべく研究をはじめました。
ことの始まりは、東川町で制作活動をされている1人の家具作家さんの一言― 「同じ中川町産のオニグルミでも、伐採する年によって黒みが強いものが混ざる」。木材の色の違い…ホームセンターでも、パイン材、タモ材などが売っていて、樹種が違えば木材の色も違うことは容易に想像できます。しかし、同じ樹種でも、その木材の色がかなり違うことがあるのです。そして注目すべきは、色の違いで、同じ樹種でも木材として値段が大きく異なることです。良質な広葉樹材が取引される銘木市における“ある月”の取引では、同じウダイカンバという樹種の木材でも、心材の色が薄いピンクだった場合には1㎥あたりで48,000円で落札されたのに対し、赤かった場合には、89,000円という値段がつきました。色によって2倍以上の値段がつく木材の色を制御している要因が明らかになれば…。一攫千金の匂いがしてきました。
文献調査を始めてみると、国内において高価格で取引されることが多い広葉樹を対象に、”一つの町”という狭い範囲で木材の色がどのような要因で変化するのかは、明らかにされていませんでした。前出の家具作家さん曰く「同じ樹種でも木材の色が大きく異なってしまうのは、制作活動を行う上で悩みの種」なのだとか。展示会などで「色味が気に入ったので、このテーブルをください」とオーダーがあったとします。しかし、別の板を使ってテーブルを作ると、同じオニグルミ製でもその色合いが展示会で見たものと色味が大きく異なってしまう可能性があるのです。少なくとも、どのような場所の樹木を伐採すればどのような色の木材が取れるのかさえ分かれば、生産する作品の色を調整する一助になります。そこで私たちは、当センターと包括連携協定を結んでいる中川町役場、中川町内にある林業会社、森林総合研究所や東京農工大の研究者、そして前出の家具作家という多様なメンバーからなる“産官学の連携チーム”で調査をはじめました。
北海道では樹木の成長は土壌中の養分量で規定されているので、オニグルミの木材の色にも土壌養分が関係しているのではないかと予想を立てて研究を進めました。様々な土壌条件の状態を調べた結果、植物が土壌から吸収可能なマグネシウムの量によって、オニグルミの木材(心材部分)の色が決まっていることがわかりました。土壌中のマグネシウムの量が多い場所に生えているオニグルミの木材は、黄緑色っぽい木材になることがわかったのです。植物が利用可能な土壌中のマグネシウムの量によって、木材の色味を決める心材物質(フェノール性の物質)の量や発色程度が変わり、木材の色の違いへつながっていると考えられます。地域産業の現場の方の疑問をきっかけに、実学的はもちろんのこと、基礎科学的にも意義のある課題について産官学連携でとりくむスタイルは、SDGsで掲げられた、産業基盤の形成や、森の恵みに代表されるような陸の豊かさを保全する上で大事なフレームワークであると考えます。