
2026年9月1日~3日の3日間、北海道西興部村・興部町を舞台に「第48回グラスファーミングスクール」を開催しました。
今回のテーマは、「『稼ぐ放牧』へのパラダイムシフト」。
放牧というと、「乳量が落ちる」「生産性が下がる」といったイメージを持たれることがあります。しかし、良質な草を育て、その草を牛に効率よく食べてもらうことができれば、購入飼料への依存を抑えながら、生産性と収益性の両立を目指すことができます。
今回のスクールでは、国内外の専門家や放牧酪農を実践する酪農家を講師に迎え、講義、フィールドワーク、牧場視察、グループディスカッションを通じて、「草を生かして、牛に働いてもらう」これからの酪農経営について3日間にわたり考えました。
【「稼ぐ放牧」とは何か ― 3日間の学びがスタート】
初日は、今回のスクールのテーマである「稼ぐ放牧」の考え方を共有するところからスタートしました。
放牧を単に「牛を外に出して草を食べさせる方法」と捉えるのではなく、草地を生産資源として最大限に生かし、牛が本来持つ能力を引き出しながら、飼料費や労働、設備投資などを含めた牧場全体の経営を考えていくことが今回の大きなテーマです。
松岡牧場で進められている放牧への取り組みを題材に、草地管理、飼料給与、牛の生産性などをさまざまな角度から学びました。また、ガビン・シース博士からは海外での豊富な経験をもとに、持続可能な草地管理と放牧について解説いただきました。
さらに、北海道大学の後藤貴文教授からは、牛が本来持つ生物学的な能力を生かす飼養管理や、テクノロジーと自然を組み合わせた次世代の畜産について紹介。放牧を「昔ながらの畜産」としてではなく、科学やデータ、新しい技術と組み合わせながら発展させていく視点が示されました。

【現場へ ― 草・土・牛を自分の目で見る】
2日目は松岡牧場へ移動し、実際の牧草地を使ったフィールドワークを行いました。
牧草地を歩きながら、牧草の生育状況や草種の特徴を観察し、北海道の気候に適した草地づくりについて学びました。牧草地は一度つくれば同じ状態が続くわけではありません。気象条件や土壌、放牧・採草の方法などによって変化するため、現場を観察し、その状態を判断することが重要になります。
また、実際の牧草を手に取り、草の状態と牛の採食との関係も観察しました。
大切なのは、良い草を「育てる」だけではなく、育てた草を「牛にどう食べてもらうか」。草地の状態や普段与えている飼料とのバランスによっても、牛が草をどのように利用するかは変わります。
さらに、状態の異なる草地では、地上の植物だけでなく、実際に土を掘り、土壌や牧草の根の状態まで観察しました。
「この草地をもっと良くするにはどうすればよいか」。
参加者は現場で得た情報をもとに、講師やチューターとともに改善策を考えました。座学で得た知識を現場で確かめながら、草・土・牛がつながっていることを実感するフィールドワークとなりました。

【現場の経験から学ぶ、放牧酪農と経営】
研修では、長年放牧酪農に取り組んできた牧場主から、牧場を始めた経緯や、土地・水資源を生かした牧場づくり、牛の飼養管理、草地の改善、設備投資など、実際の経験についてもお話を伺いました。
効率だけを追求するのではなく、その土地の条件や牛の特性、自分たちが目指す暮らしや働き方に合わせて、牧場の形を少しずつ変えていく。実践者だからこそ語ることのできる試行錯誤から、放牧酪農を長く続けていくための考え方を学びました。
地域のバイオガスプラントの活用など、新たな仕組みを取り入れることで生まれる課題についても意見を交換し、草地、牛、環境、経営を切り離さずに考えることの重要性を確認しました。
【酪農を未来へつなぐ「人」と「地域」の仕組み】
JA北オホーツクからは、研修牧場「ファームの友」を中心とした、新規就農者の育成や担い手確保に向けた取り組みを紹介いただきました。
「ファームの友」では、実際の酪農現場での研修に加え、飼養管理や機械のメンテナンスなどを学ぶ機会を設けています。また、地域との交流や子どもたちの見学受け入れなど、酪農を知り、将来の選択肢として考えてもらう取り組みも行われています。
さらに、研修だけで終わらせず、新規就農を希望する人と地域の牧場をつなぎ、JAや行政が連携して就農まで支援する仕組みも紹介されました。
酪農を次の世代につないでいくためには、牛や牧草を育てる技術だけではなく、「人を育て、地域で支える仕組み」も欠かせません。地域全体で酪農の未来を支える取り組みを学ぶ機会となりました。
【酪農と環境をどう両立するか】
北海道大学の内田義崇准教授からは、「酪農に由来する環境への負荷とその抑制の最前線」と題した講義が行われました。


炭素や窒素の循環を手がかりに、牛の飼養や牧草生産の過程で環境負荷がどのように生じるのかを学び、その負荷を減らすための考え方や国内外の取り組みが紹介されました。
さらに、環境負荷を単に「減らす」だけではなく、地域の自然環境や生物多様性、酪農経営、そして生産物の価値を消費者にどう伝えるかまで含めて考えることの必要性についても議論しました。
土・草・牛の循環をどのように整え、環境と生産を両立させるのか。これからの酪農・畜産のあり方を幅広い視点から考える講義となりました。
【学んだことを「自分ごと」にする】
講義やフィールドワークの後には、参加者同士でディスカッションを行いました。
牧場経営者、研究者、新規就農を目指す人など、それぞれ異なる立場から、気候変動への対応、牧草管理、研究への活用、畜産物の価値づくり、将来の牧場経営などについて意見を交換しました。
ここで大切にされたのが、「放牧は目的ではなく手段」という考え方です。
まず、「10年後、20年後にどのような牧場、仕事、暮らしを実現したいのか」を考える。そして、その将来像から逆算して、必要な土地や牛、設備、飼料、働き方などを考え、その中で放牧をどう生かすのかを検討します。
参加者同士の異なる経験や考え方を持ち寄ることで、研修で得た知識をそれぞれの現場や将来へつなげていきました。






【3日間の集大成 ―「稼ぐ放牧」の設計図づくり】
最終日は、それまでの講義やフィールドワーク、牧場で得た気づきを統合し、「稼ぐ放牧」の設計図づくりに取り組みました。
考えたのは、単純に「どうすれば乳量を増やせるか」ではありません。
飼料費、育成、設備投資、外部サービスへの依存、作業時間、自家草の活用、牛の頭数など、牧場を構成するさまざまな要素を見直し、「どうすれば持続的に利益を残せる牧場になるのか」をグループごとに検討しました。
「たくさん搾ること」と「利益を残すこと」は必ずしも同じではありません。
自分たちが目指す牧場の姿から逆算し、限られた土地、人、草、牛、時間、資金をどこに使うのか。放牧を経営の一つの手段として捉えながら、それぞれの視点で牧場の未来を描きました。
【変革の鍵は「人」― ガビン博士からのメッセージ】


3日間の最後には、ガビン・シース博士から、講義、フィールドワーク、グループワークを振り返る総括が行われました。
放牧は、草だけ、牛だけを見ればよいものではありません。土壌、植物、動物、そして人が相互に関わる一つのシステムです。
だからこそ、牧場を変えるには長期的な視点が必要であり、現場を観察し、データを蓄積し、その結果をもとに判断を重ねていくことが重要です。
そして、変革の鍵となるのは「人」。
新しい知識や技術を知っているだけでは、現場は変わりません。農家同士が経験を共有し、互いに学び、「これなら自分にもできる」という自信を積み重ねていく。そのつながりこそが、新しい放牧酪農を広げていく力になると語られました。
【草を変える。経営が変わる。そして、未来を変える。】
今回の3日間を通して見えてきたのは、「放牧」という一つの技術だけではありませんでした。
土を知り、良い草を育てる。
その草を牛に食べてもらい、牛が本来持つ力を生かす。
データを使って現場を判断し、無駄な投入や作業を減らす。
環境とのつながりを考え、経営として持続できる仕組みをつくる。
そして、それを実践する人を育て、仲間や地域と支え合う。
「土・草・牛・人・経営・地域」を一つのシステムとして考えることが、これからの持続可能な畜産につながります。
そして、持続可能な畜産には、環境面での持続可能性だけでなく、経営として持続できることも欠かせません。牧場がしっかりと利益を生み、働く人にとって魅力ある産業であり続けることが、次の世代の担い手を育て、地域の畜産を未来へつないでいくことにもつながります。
今回のグラスファーミングスクールは、参加者が知識や技術を持ち帰るだけではなく、それぞれが目指す未来から逆算し、「自分は明日から何を変えるのか」を考える3日間となりました。
北海道大学COI-NEXT「次世代和牛生産システム構築拠点」では、今後も研究と生産現場、地域をつなぎながら、自然と調和した持続可能な次世代畜産の実現に向けた取り組みを進めていきます。



